2013-11

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母からメール - 2013.11.29 Fri

母からメールが来た。


いったい何が書いてあるんだろう

母は何を思ってメールしてきたのか。



緊張が走り、メールを開封するのに抵抗があった。


この感覚は、他者とどこかで遭遇したときの感覚と似ている。



恐れ。


起きてほしくないことが起きた。


相手が何を思ってるのか計り知れない感覚。




母と他者とは違うのだ。

とにかく、それだけはインプットしなくては。



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できない やらない - 2013.11.29 Fri

「できない」と言ってるけど、

ほんとは、出来るんだよね。

やらないだけ。

やろうと思えばできる。

やらないだけ。


なんで、やらない?



やることを考えると、抵抗感。



押さえつけられてる、締め付けられてる感じ。



そこにあるのは、なんだ?




実行すること、

決める事を避けている。




やればできるはずなのに、やらない。



簡単なことなのに。




ずっと変わってないね。



変わりたいといい続けてることと、違うね。



変わりたくないってことなのか。



そして、母に変わって欲しいのか。



前回記事について 整理 - 2013.11.27 Wed

りんりんさんと前回記事の話をした。


私は母への怒りや復讐を他者へシフトしているという。



母への怒りは、それはそれとして

他者に同じことをやっていいのかどうか。


確かに、意味がない。


自分と他者の関係をこじらせるだけだ。


人間関係を築けなくなるだけだ。



人間関係を築けなくしてるのは、自分。


私は、そうでない自分を目指してるはずだ。


だれとでも、変わりなく関わることのできる人間になりたい。


そうであるならば、

今やってることは真逆の方へ向かう行為だ。


誰かに怒りがわいたとき

これは母への怒りをシフトしてるだけ

と思えば、おまじないのように唱えれば

少しは収まるのか?


たとえ、「これは母への怒りだ」と思ったとしても

胸の内のメラメラと燃えたぎる炎は消えないんじゃないのか?


やってみなくては、わからないけど。



そして、母への復讐。


復讐は「わからせたい行為」


私がどんなに頑張ってきたか

母自身がどんなに私をないがしろにしてきたか


認めさせる行為


母がそれを認めるということは、

母自身が変わらなければありえない


母を変えたい。


でも、母が変わるなんてありえないと

私はずっと言い続けている。


でも、気持ちは「母を変えたい」のだ。



頭と気持ちが一致していない。


私がこの気持ちをしっかりむねに刻むことができたら


何か変わるんだろうか。




わからせたい - 2013.11.26 Tue

私は分からせたいのだ思いました。

それは直接的に他者を分からせようとしているのだけど

おそらく、それは母に対してのもの。


りんりんさんの過去記事を読んで

私は母を「瀕死の状態にしておきたい」と思いました。

そのことを先輩メンバーさんに話したら

「殺せないんだね」と言われました。

そこはまだハッキリしません。

今ハッキリしているのは

瀕死の状態にして痛めつけたいという事。

「苦しみなさい」と心底思っている事。

そして、今それを実際にやっていること。

距離を置いていることで母の気持ちを満たさないことで

「いい気味」だと思っていること。

どれだけ辛くても手を差し伸べないこと。

母を見ないこと。

懲らしめ。やり返し。

「私をここまでにしたのは、あなたよ」

そう伝えたい。

わからせたい。

あなた自身が悪かったのだと、わからせたい。

わかるまで、苦しむがいい。

それが、現状。



わからせたい。

私の目的は、わかってもらうことなのか。

私は、殺すのが目的ではなく、わかってもらうこと。


わかってもらうということは

改心。


私は、母に変わって欲しいのか?


そういうことになる。


それが、執着?


手放せないでいる?


そういうことなのか・・・?

抵抗 - 2013.11.16 Sat

先日のグループセッションで、

嫌いなものの話をした。

私は「半生のウニが嫌い」と話した。

すると、きんたろうさんは「ウニに対する猜疑心があるのだ」と言った。

ウニそのものが嫌いなのだと。

私は「トロっとした生のウニは別に嫌いじゃない」と言ったのだけど

確かに疑心がありながら食べる物を「好き」なわけないと

今は思う。

でも、あのときはものすごく抵抗があった。

ウニのことを「嫌い」ということにものすごく抵抗があった。

だって、食べれないわけじゃないし。

でも




食べれないわけじゃない=好き



ってのも、かなりおかしいわけで。



でも私の中では


好きなわけじゃない=嫌い


ってことでもないわけで。


そうだ。



私の中で


好きなわけじゃない=嫌い


と定義づけることに、ものすごく抵抗がある。



私の中には



好きなわけじゃない。


嫌いなわけじゃない。


ってものがあふれている。

それしかないってくらいに。


曖昧なものばかり。


曖昧にしておくことが、今の私の安定。



きんたろうさんに

ウニを嫌いと言えと強く言われたことは

私の安定を崩された気がした。

私は強要されることに抵抗があったと一瞬思ったけど

そうではない。

曖昧にしておくことを崩されたからだ。



決める事を避けている自分。

曖昧だらけの自分。



今までの自分と違う自分になるには

決めていくこと。


「嫌い」と言ったって、

その後「嫌いじゃなかった」こともあるわけで

一生「嫌い」じゃなきゃいけないこともないんだよね。

私の中では「一生きらいじゃなければいけない」

「つじつまが合わないことが起きたらどうしよう」

という気持ちもあった。

でも、「やっぱ嫌いじゃなかった」

「やっぱ好きだった」

それもあっていいんだよね。


まだまだ「言い切る」ことは勇気がいるけれど

意識して決めていきたい。




言えなかった - 2013.11.13 Wed

小さいころ、私は母の隣で寝ていた。

川の字状態で、父母私妹の順で寝ていた。

でも、ある日、私と妹の位置が入れ替わった。

理由はわからない。

私はわざと布団から落ちたりして

母に構ってもらおうとしていた。

いや、そうじゃない。

「この子は端だとダメだから元の位置に直そう」と

思ってほしかった。

幼いなりに策を練った。

母の隣が良かった。


二段ベッドが我が家に来てから

私は上段に寝るようになった。

上段に寝るのは私が希望したことだったけど

やはりなぜか寂しかった。

わざと掛け布団を半分ベッドから落ちるように掛けていた。

母が直しに来てくれるから。

いや、この時も「この子はベッドじゃダメだ」と

思わせたかったんだと思う。

やはり寂しかった。



あの時、私は寂しかったんだなぁ。

そして、素直に寂しいと言えなかったんだなぁ。

素直に寂しいと言えない関係だったんだなぁ。

「お母さんのそばがいい」

「お母さんこっちに来て」

もしくは母の布団にもぐりこむことだってできるはずなのに

できなかった。



なぜ言えなかったんだろう。

拒否されると思ったからか。

拒否されるのが怖かったからか。

言ってはいけないと思ったからか。



いずれにしても、

私は甘えることができなかったんだ。

だから、今でも甘えることが下手なままです。




お菓子 - 2013.11.13 Wed

そういえば、私は自分のためのお菓子を買ってない。

欲しくもないし、食べたい気持ちにもならない。

お菓子にときめかない。

スイーツもまったく。


子供の食べてるお菓子をつまむ程度。


その中でも美味しいなぁと思うのは

ポテトチップスの「のり塩」。

長男はコレしか食べないので、毎日小袋を2つくらい食べるのだけど

私もついついつまむ。

飽きのこない味だなぁ~と思ってたけど

好きなのかなぁ。

昔はポテトチップスはコンソメ味が好きだったけど

今はのり塩味の方が好き。

海苔の風味が好きなのかも知れない。

そういえば、小さいころ、あの大きな焼き海苔を

1枚まるごと食べるのが、贅沢だったっけ。

たまにしかできなかったけど。

今は子供が時々焼き海苔を

「大きいまま頂戴!」と言ってバリバリ食べることがある。

その気持ちは、よくわかるなぁと思った。



それにしても、お菓子はあえて食べたいとは思わないなぁ。

スイーツは買っても食べずに賞味期限キレになること多いし。


ホールズ(飴)のぶどう味はよく買うけど。

そのくらい。


う~ん、これからはもうちょっと意識してみよう。

食感 - 2013.11.13 Wed

ひき肉の何が好きかと言えば、

口の中でゴロゴロ感じられて

それを噛むのが好き。

ひき肉の粒がいくつか集まって小さな塊になって

熱が加わって、ちょっと硬くなってるのを

噛んで食べるのが好き。

ハンバーグもふんわり系より

ギュッと肉がつまってる感じが好き。

それを「肉だ~」と思いながら、よく噛みしめて食べるのが好き。




そういえばアイスもチョコミントや

クッキー&クリームみたいな

粒が散らばってるのが好き。

それらを口の中で感じ、噛むのが好き。

食感は大事。

ポッキーもクランチタイプが好き。

クランチチョコも好き。

クッキーもナッツ類が散らばってるのが好き。


この辺は、統一感あるかなぁ?



春雨スープ - 2013.11.13 Wed

先日のセッションで

自分がデミグラスソースが好きだと話した。

そこからルーミックのミートソースが好きだという話になり

私のひき肉好きとつながった。

また、そこからキーマカレー好きにもつながった。


そして、また一つ思い出したこと。

小さいころ、時々食卓に並んだ春雨スープ。

そこにはひき肉が入っていた。

シンプルな塩味の中に春雨とひき肉と

薄いななめに刻まれた長ネギ。

溶き卵も散っていた。

春雨は今思えば「フォー」が細くなった感じの食感。

最近、私が使っている一本一本が口の中で感じられるものとは

違う気がする。

もっとトロンとした感じ。


そして、忘れてならないのがにんにく。

春雨スープはにんにくが効いていた。

私はこの春雨スープが大好きだった。



私のにんにく好きのルーツは、

ここにあるのかもしれない。



目標 - 2013.11.06 Wed

今の私は、なりたい自分像がある。

それは、誰と接しても変わらない自分。

そうなれたなら、その時の自分は

今よりはるかにラクになれているのだろうと思う。

誰に対しても、媚びへつらうことも横柄になることも無い。

何を隠すこともない自分。

オープンな自分。



大昔、映画の中で女優さんが言っていた。

「いいオンナになるってのはね

ここ(頭)をカラッポにすることよ」

当時はよくわからなかったけど

今はわかる。

頭をカラッポにするってことは

フラットになるということなのではないかと。

その台詞を言っていたのは

確か桃井かおり(敬称略)。

私は彼女が嫌いだった。

今も好きじゃない。

ずっと「いけすかない」と思ってた。

やりたい放題、言いたい放題、怖いものなし。

そんな印象だった。

でもそれは、きっと、うらやましいからかも知れない。

怖いものなしで挫折知らずな感じが、うとましい。

彼女のホントのところなんて分かる由もないけれど

そう感じられる。

そういう感じの人が、オンナが、嫌いなのだ。


そして、きっと、私はそういうオンナになりたいのだ。


素の私が怖いもの知らずかどうか分からないけど

怖いものばかりで挫折ばかりの自分では

きっとないだろう。



証拠がみつかった - 2013.11.04 Mon

りんりんさんとのセッションで、

私が母に気持ちを分かって欲しいということが明らかになった。

証拠がみつかった。

私は母への思いを他者に投影しているのだった。

でも実感がない。

母に気持ちを分かって欲しいと思ってる という実感がない。

でも、証拠は明らかにあるのだ。

りんりんさんは、「突っ張ってる」のだという。

母にわかってもらいたいなんて思ってない!と、突っ張っているのだと。


確かに、私は今、母を拒絶している。

あんな母のためになんか、金輪際、動いてやるものかと思っている。

それは、懲らしめ。

今までの私の貢献を無にした母を、許せない。

それは、貢献してきたことを認めて欲しい。褒めてほしい。の裏返し・・・?

よく頑張ってきてくれたと分かってほしい・・・ってこと?


やっぱり、分かって欲しいのか・・・?


あの人が分かるわけないのに。

でも、心の底では、諦めてないのか・・・?



実感は、まだ先です。



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プロフィール

えこ

Author:えこ
半引きこもり主婦。
生きづらさを克服するため
「あなここ」でセッションを受けています。

セッションルームあなここ
http://anacoco.jp/

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